司法書士の仕事は定型的な書類作成業務が中心です。
登記に関しては、老いも若きもベテランも新人も同じ書類を作ります。
債務整理は交渉業務ですから多少の巧拙の差が生じそうです。
うまくいけば、分割回数を多く出来たりするかもしれません。
でも、おおむね一定の範囲で解決に至るもの。
交渉としては単純な内容なので差がつきにくいと思われます。
そうすると、どの司法書士に依頼しても結果はほぼ同じ。
登記に至っては常に結果は同じです。
それでも司法書士に対する評価には差がつくのがこの世の中。
それはどこか?
依頼者が安心できるかどうかが○になるか✕になるかの分かれ目でしょう。
実に簡単でわかりやすい話なのです。
では、どうすれば安心を届けることができるか?
これも常識で考えればわかりやすい・・・はずです。
けれども、時折ですか福岡県司法書士会に苦情の申立てがあります。
私は苦情対応委員なので、内容を知っています。
ほぼ全件が同じ問題を内包しているのです。
「そりゃ依頼者の不安が不満になり、怒りになってしまうのは当然だよ」
という事実関係のものが多いのです。
これも「常識」で考えれば、事前に防止策を講ずることが可能です。
でも、現実には苦情申立てという結果になっています。
企業や官公庁のような組織では「使えない人」扱いという評価が待っているような次元です。
私は司法書士になって6年目ですが、この事実にかなり驚いています。

司法書士は「先生」と呼ばれることが多い職業です。
「先生」と呼ばれ、ついつい高い場所から失礼なことをしていないか?
仮に「先生」であっても個人事業主として依頼者に生活を支えられている自覚があるか?
十分に分別ある年齢のはずの司法書士が非常識な対応で苦情を申し立てられる。
これはかなり恥ずかしいし、笑われても仕方がないような気がします。
結局のところ、「差」は常識の有無でつくようです。
謙虚な姿勢であれば、依頼者の不安にも気づくことができるはずです。
難しいことではありません。
士業の弱点は知識や技能にはあまりないのかもしれません。
寧ろ、常識的な対応ができるかどうかに意外な弱点が潜んでいる印象です。
自信をもって「俺は日本一!」と思うのは自由です。
しかし、日本一常識的で依頼者の気持ちを忖度できる司法書士でなければなりません。
日本一であろうと1000番目くらいであろうと作る書類に差はないのです。
あとは、依頼者の気持ちを読みとることができているかどうか次第。
そして、それを踏まえた「ちょっとした対応」ができているかどうかがポイントでしょう。
「ちょっとした対応」とは?
それは、ここには書かないことにします。
だって、簡単過ぎて結論としては面白くなさそうですから。
