福岡県糸島市 司法書士 ブログ

固定観念

固定観念から抜け出せない。

これが普通なのかもしれません。

「うちの主人が・・・」

夫を主人と呼ぶ。

つまり、彼女は「男=夫」がメインであると言っているのです。

世間では、今も夫を「主人」と呼ぶことが一般的です。

夕方、妻を訪ねてくる人が言います。

「奥様は夕食のご準備で忙しいと存じますが・・・」

妻が食事を作るものだという前提がなぜか当たり前のようになっています。

我が家では、夕食を作るのは私です。妻が作ることは月に3回くらいです。

大工仕事の結果としてできあがった物を見て

「ご主人はお上手ですね」

といわれることがありますが、それは妻が作った物。

私は大工仕事はできませんが、妻は好んでやっています。

大工仕事は男がやるものー固定観念のようです。

妻の母は、妻に対して私の仕事を手伝うように言っていた時期がありました。

妻は私の仕事には興味がありません。

私は、そういう妻に手伝ってほしいとは思っていません。

妻にとっては苦痛だと思うからです。

しかし、妻の母は、妻は夫を手伝うものだという考えだったのでしょう。

これも夫がメインで妻が添え物のような考え方のように思われます。

昭和一桁生まれの母ゆえ仕方がありません。

 

男が働いて妻は家庭を守るーこの固定観念は崩れつつあるように思います。

けれども、婚姻において妻の姓を選択する人は増えません。

これは、婚姻では妻が姓を変えるものだという固定観念が世間に浸透しているからでしょう。

だれもが世間並みであることを望むのです。

「あの人たちはちょっと変ね」

といわれたくないのかもしれません。

私は、「世間並み」からはずれたくて、結婚の際に妻の姓を名乗ろうとしたのです。

妻の母から反対され、断念しました。

結果的に、今も有名俳優と同じ名前を維持し続けております。

実は、子供の頃から自分の名前には居心地の悪さを感じていました。

必ず「俳優と同じだ」と話題にされるからです。

その居心地の悪さは今も続いています。

世間並みの目立たない名前だったらよかったのに、という思いも。

 

冒頭の「うちの主人が」は選択的夫婦別姓を主張する方の発言です。

自身の固定観念には気づくことができないのに、我が国の法制を批判する。

大丈夫ですか?

まずは、つまらない固定観念から抜け出してください。

私はそう感じています。

観念の固着をどうにかできないと「変化」は無理ですよ、とも。

 

 

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