前回からのつづきです。
仔猫の世話で忙しくなったものの,依然として私はうつでした。
死を意識することがなくなったわけではなく,生きていてどうするのか?という状態。
そういう暗い気持ちをほぐしてくれたのが仔猫でした。
一緒に新しい遊びを開発したりする日々には癒されました。
徐々に暴れるようになり,ほんらいなら兄弟姉妹と取っ組み合いをすべき時期を迎えます。
ところがそういう対象がいません。
結果的に私が相手になりました。
私の手は傷だらけ。日々の成長により噛む力が強くなり,深い傷になることも増えました。
それでも兄弟猫の代わりを私が務めることで仔猫が猫らしく成長するだろう。
そう願って相手を続けました。
治った傷の部分に再び牙が・・・ということも起き,その箇所は今も傷痕が残っています。
妻は「噛み癖がつくのではないか」と心配していましたが,私には確信がありました。
私の手に噛みつくことで加減がわかるようになるだろうという。
ただ,やはり人には敵わない―こういう意識を植え付ける必要があると思いました。
これは村上龍の「テニスボーイの憂鬱」に出てくる猿回しの訓練の話が記憶に残っていたからです。
猿を訓練し,新しい芸ができるようになったことを共に喜び合い,二人三脚で成長する。
けれど,猿回しは最後に猿に恐怖を植え付けるというのです。
人間に逆らえば命がないこと,生殺与奪の権利は全て人間の手にあるのだと思い知らせるそうです。
噛み付いている仔猫を仰向けにして喉に手をかけました。
いつでも殺せるのだぞーというメッセージのつもりでした。
そして気づいたのです。
仔猫の姿は幼い頃の私である,と。
私はすぐに手を離し,仔猫を以前どおりに思い切り遊ばせました。
私のような育ち方をしてはいけない。
仔猫は自由に思う存分楽しく過ごさせよう。
好きなだけ噛み付いて暴れればいい。
実は,このときに私はうつ病の原因をつかみかけたのでした。
残念ながら当時はそこまで掘り下げませんでした。
私の手で仔猫を心身ともに健康に成長させよう。
そう思うだけでしたが,ここでも私は猫に命をつないでもらったのでした。
★ 私の恩人(近影)
~つづく~