タイトルからは植物の記事だと思われるかもしれません。
しかし、私が書いておきたいのは植物のことではありません。
法律のことです。
時折ですが、「あれ?わかってないみたいだな」と感じることがあります。
それは、法律を扱う資格を持ち、その仕事をしている人の発言に対してです。
その法律の目的とするところを明確にわかっていないのではないか?
だから、その制度の使い方があやふやなのかな?
条文に書いてあることをうまく咀嚼できていないようだが・・・
これは、試験制度に問題があるのかもしれません。
卑近な例でいえば、司法書士試験には問題があります。
法律知識の羅列された本を読んでおけば合格できてしまう試験内容だからです。
それで合格できてしまうから、情報がバラバラに書いてある本の内容を覚えようとします。
そういう知識は、試験が終わると意外なスピードで記憶から抜け落ちます。
あるいは、実際の事件に接した際に、その事実関係と法律の知識が結びつきません。
試験を終えてから本格的な勉強を必要とするのですが、それをやらないと困ったことになります。
先輩司法書士が作った書類をそのままコピーしたような書類を作り続けるだけになるのです。
それを推奨するような先輩がいるのも困りもの。
きっと、自分自身がそういう育ち方をしたから「それで十分」と勘違いしているのでしょう。

法律の根の部分を知り、幹を知り、そして枝や葉を知る。
枝葉から幹と根にたどりつくこともあります。
法律を一つの樹として捉えていれば、イレギュラーな問題にも対応できます。
葉にあたる事実をどう処理するか?
枝から幹をたどって根の部分まで遡れば、自ずと答えは出るでしょう。
しかし、根と幹と枝や葉をそれぞれバラバラなものとして認識していたらどうなるか?
たどれません。
肝心の根を忘れてしまっているようなことさえあります。
受験用の本は、著名な教授が書いたスタンダードな教科書の設例を書き写している場合があります。
しかし、肝心の基本中の基本が抜けていたりします。
それを読んだ受験生は、その事例については覚えることができるかもしれません。
しかし、実際の試験でひとひねりされると「え?」という状態に陥るはずです。
受験用の本はそのレベルです。
書き手がプロの研究者ではないため重要な説明を平気で省いていたりします。
あるいは、プロの研究者なら読み手の理解を確実にするために説明を繰り返す場合があります。
受験用の本にはそういう配慮はありません。
上記のように試験はその程度の本を使っても合格できてしまいます。
しかし、試験の後にしっかりとした基礎的な勉強をしていないとどうなるか?
その実例を見てしまうと、「ああ、まずいな」と感じます。
でも、それを指摘すると嫌われるでしょう。
小心者の私は何も言いません。
意地悪なだけかもしれませんが。
ちなみに、受験用の本には肝心の根を省略していることさえあるのでご用心を。
根がなければ、幹は育たないし枝も葉も出ません。
日頃の定型的実務はそれでもなんとかなってしまいます。
根がないにもかかわらず、植物らしく見せている。
造花みたいな感じでしょうか。
★ 写真の書籍は、実は実務書に近い本で、判例解説が主な内容です。
法の趣旨を丁寧に説いているので理解の助けになるうえに、実務的な視点も得ることができる内容。
マニュアル的な実務書とは一線を画しており、読んで楽しい一冊です。
著者は現役裁判官です。
