ある県知事の言動が色々と取りざたされています。
この人は若くして県政のトップに立ち、勘違いしてしまったのか?
報道ではそう感じられます。
尤も、マスメディアの報道する情報が正確であるという保証はありませんが。
私もこの年齢になると、人が勘違いしてしまう例をそこそこみています。
会社組織での人事は能力とめぐりあわせに左右されます。
若くして枢要なポストに就いた人が、鼻高々で
「あいつらが昇格できるかどうかは俺の胸先三寸次第」
と発言したことがありました。
私は彼の能力を認めてはいましたが、幼さを感じていました。
年齢に見合った大人ではない面をみていたのです。
「ああ、幼い面が出てしまったんだな」
と感じましたが、鼻高々の人には忠告しても効果はないもの。
そう思って忠告はしませんでした。
ついに、彼は自分の立場を「悪用」するようなことをしてしまいました。
結果的に、ポストを剥奪されました。いわゆる「左遷人事」です。
プライドの高い彼は辞めるのではないか。
そう思いましたが、彼は辞めませんでした。
一度ついた傷ー前科みたいなものなのでしょう。
社内の彼に対する視線は冷たいものばかりになりました。
士業ではどうでしょうか?
自分はある分野の第一人者であるとか、事務所経営の成功者である。
こういう「自覚」をして鼻高々になる例がないとはいえないかもしれません。
ですが、組織と異なり自営業です。
組織内で他人が評価をしてくれるようなことはないのです。
よって「自己評価」が中心となってしまう傾向が出そうです。
企業や官公庁勤務の場合よりも「重病」に陥るケースがあるかもしれません。
私もそうならないように気を引き締めないと。
とは思うものの、今のところ何かの第一人者ではありません。
事務所が大繁盛するような状況でもありません。
鼻高々になりたくてもなれないワタクシでございます。
結局のところ、自己評価など一番アテにならないということに気づけるかどうかです。
さらにいうなら他人の評価もそれほど正しくはありません。
他人の評価は客観性があるといっても、どこまで正確に対象をとらえているか?
どこまで私情を交えずに純客観的にみることができているか?
自分が人事考課を行った立場から考えると、甚だ心許ないのです。
つまりは、評価など気にしても仕方がないということでしょう。
評価を気にしているうちは、実は自分に自信がないということなのではないか。
20代の頃から私はそう思っています。
そして、自分の目が正確であると言いきれない以上、人を評価することはしたくありません。
俺の目は正しいのだ!ーこれもまた大いなる勘違いでしょうから。
★ 自分のことをみつめる際に頼ることができる本です。