「恋の予感」は、1984年の安全地帯の大ヒットシングル。
ロックバラードの傑作です。
私にとっての「恋の予感」は、いつも悩ましいものでした。
学生時代の私にとって「恋の予感」は苦痛を伴っていたともいえます。
予感を覚えても、そこには根深い女性不信。
きっとうまくいかないだろう。
おそらく彼女は自分を裏切るだろう。
たぶん自分は彼女を傷つけるだろう。
こいうい思いが錯綜し、考え込むのでした。
ボールは私の手にある。
真ん中のストレートを投げ込んでも打ち返されないだろう。
こういう状況になっても投げなかったことが少なくとも2度あるのです。
最初のケースでは、彼女が本当に求める男性像のせいにしました。
私ではない、と。
もっと大人の、父親のように甘えられる人を欲している。
彼女の心の裡を、自分なりにそのように理解した私は降板。
彼女のせいにしてしまったのでした。
わりと早い決断だったと思います。
次のケースでは、この人の顔を涙で歪ませるわけにはいかない、と思いました。
私が彼女を傷つけ、彼女はつらい時間を過ごす結果になる。
そういう予測の下、その際も降板。
このときは、数か月にわたって悶々と悩みました。
けれども、自分の将来は砂漠を一人で歩くようなことになると思っていたこと、
また、将来的に彼女と二人で歩む人生を想像できなかったことで決断しました。
当時の私は誰とも結婚する意志がなく、一人で生きるつもりでしたので。
健全に育ったお嬢さんに不健全な精神を宿す青年はつりあわないでしょう。
結果的に、予感はしたものの恋は始まらずに終わりました。
予感だけで始まらなかった恋。
「恋の余韻」は何も残りませんでしたが、苦い思いは残りました。
最初のケースも次のケースも、いずれうまくいかなくなったとは思います。
当時の自分は損をしていたな、とも思います。
では、そういう苦さの余韻が続いたかといえば、そうでもないのです。
社会人になって2年目に、女性不信を払拭できる出逢いがあったおかげ。
「ほらほら、何を着てるの?こんな堅い鎧は脱ぎなさい」
と言われたわけではないのに、心にまとった鎧を脱がされました。
その女性とは仕事をする上で、堅いパートナーシップを築くことができました。
そのタイミングで妻と出逢ったのです。
まさに、恋はタイミング次第だと思います。
相性がよさそうだ、と思った女性はほかにもいました。
けれども、やはりタイミングが合わなかったのです。
私の場合はちょっと運がよかったのかもしれません。
おかげで両親とは異なる結婚生活を送ることができています。

★「恋の余韻」は中原めいこさんの2枚目のアルバム「2時までのシンデレラ-FRIDAY MAGIC-」に
収録されている曲。才気あふれるこのアルバムには多彩な曲が入っており、私の愛聴盤です。
