タイトルをみて意味がわかる人はシティポップファンかもしれません。
意味としては午前2時の国道367号線です。
滋賀県に行って京都に帰り着いたのがこのくらいの時間でした。
このときもまたなんとなく誘われて車に乗って出かけたのですが,
いまひとつ記憶が定かではありません。
一緒に行った相手の顔は覚えているのですが,名前を思い出せません。
どこかで何かを食べたような記憶もありません。
夜に出かけているので何も食べていないかもしれません。
今思うと,誘われても応じなければいいのですが,ついつい応じてしまっています。
これは以前に記事にした「夜明けの金星」とは違う日のことで,相手も違っています。
車はお金持ちのお嬢さんらしく赤いスポーツカーでしたが,車種を思い出せません。
RX-7だったような気もしますが定かではありません。
会ったのは3回か4回だと思いますが,これもよく覚えていません。
知り合ったのは友人が主催した合コンです。
なんとなく投げやりな気分で出席した可能性が高いと思います。
夢をあきらめ,今後は「ついでの人生だ」と考え始めていた頃のことです。
20歳になった年の若葉の季節でした。
「疲れたわね」
という女性の言葉は「じゃあどこかで休んでいこう」という私の言葉を誘う目的だろう。
心の裡でそれを嘲笑っているのですから私の性格はどうみてもよくありません。
その手には乗らない。尻尾をブルブル振って喜ぶとでも思っているのか?
こういう冷ややかな目で彼女を見ていたことは間違いありません。
「いや全然。運転代ろうか?」と応じたはずです。
別れ際に「あんたってバカじゃない?」と言われたことだけはよく覚えています。
その後,こちらからは連絡しないし,向こうからも連絡が途絶えたはずです。
友人に話すと「もったいない」と笑われ,呆れられました。
19歳の夏の終わりにいろいろなことを諦めました。
そして,20歳になる直前に失意を経験した私は人生に対して少し投げやりな気分になっていました。
それぞれのことは改めて書いてみたいと思います。
このあたりに私の厭世的な感覚の根源があるように思われるので。
そして,うつ病にも多大な影響を及ぼしているのは確実なのです。
このドライブの夜もぼんやりしていて,会話にも適当に応じていただけだったように思います。
だから正確な記憶が残っていないのでしょう。
今の私の立場で当時の私をみると「つまんない生き方をしてるなぁ」と感じます。
「疲れたわね」
「ハイ!疲れました!」と元気よく答えるのが健康的で前向きな青年のありようでしょうね(笑)。
★ “246:3AM”は稲垣潤一さんの1982年の曲です。
上記のエピソードは,
♪戸惑う間もない出逢いの 語る言葉さがし 息をつめて見つめた♪
ようなことはなく,
♪やがて旅にでかけ それきり なんとなしに別れて♪
という歌詞だけが類似点のかすかな記憶です。