私は長く損保に勤務し,その期間のほとんどをサービスセンターという部署で過ごしました。
各社の「サービスセンター」というのは,損害賠償金の支払を主としています。
その前提として示談交渉も行います。
ほぼ加害者側としての仕事ですので,被害者からの請求への対処が中心です。
明らかであるのは「払う側が強い」ということです。
つまりおカネを出す側にアドバンテージがあるのです。
示談交渉において,一見すると被害者は攻める側で加害者は守る側です。
攻める方が強そうですが,実は違います。
「払えない」といわれれば,要求する側は払わせるために色々な手続きが必要になります。
その手続きに要するコスト(時間と費用)が要求額に見合うかどうか。
払う側は,要求する側の主張を待つしかありませんし,それでいいのです。
攻守にたとえましたが,示談交渉は決してケンカや対決でもなく協議です。
相手を敵視したり,対立の構図を作ろうとすると却って失敗します。
誰もが「ある」と思いこんでいる「騙し」はありません。
嘘をついてもそれが露見すれば,そのダメージは計り知れません。
だから払う側が嘘をつくことはありません。
請求者側は払う側が「払い渋り」をするとは思わない方がいいでしょう。
寧ろ,払う側に支払いの根拠となる情報を提供するような姿勢で臨むべきです。
お互いが協力する姿勢―これが請求者側の交渉を成功させる秘訣です。
協調しつつも主張すべき点をしっかり主張する。これはお互いに必要な姿勢です。
腹を割って話し合うことでお互いに折り合えるラインがみえてくるのです。
ヘタなやり方として一例を挙げるなら,当事者を交渉の場に引っ張り出すパターンです。
代理人と話す方が純粋に金銭的な協議にできるので感情的にも楽なのですが・・・
このパターンでは,必ず回りくどく自分の事情を話します。
いかに酷い思いをしたか,家族や周囲の人に心配をかけたか,そして加害者を気遣ったか。
こういう話をくどくどと続けるのです。
あれこれと被害状況を訴えつつ,ハッキリと「おカネをください」とはいいません。
はっきりといわないから言葉の裏にある金銭的要求を察知しても対応せずにスルーできます。
いわば「逆忖度」です。
そもそも最初から当事者を引っ張り出す以上はそういうつもりだろうと予想もしています。
当事者にも言い含めておきます。
だからよほど当事者の心が揺れないかぎりは相手の「くどくど」は徒労に終わるのです。
上品ぶって自分の口から要求額をいわないと望む結果に到達することは不可能です。
思い切って「もっとおカネをください!」といってしまう方が主導権を握る可能性が大きいでしょう。
「1000万円くれ」と言ってしまうと,それが上限になる。だから自分からは言わない。
こういう考え方の人もいるようです。
しかし,上手な要求の仕方をすれば,交渉が決裂した後に
「やはり1500万円もらいたい」
と言い直せます。
「その額を出せるという返事をするまではいつまでも待つぞ」と。
やり方は・・・ここには書きませんが,普通にできるのです。
「あんたは1000万円と言ったじゃないか!」と相手が反論できない方法がちゃんとあります。
もちろん要求額には根拠がなければなりません。
根拠なく要求しても勝ち目はありません。
そういえば,若い弁護士さんの示談交渉にボランティアで付き添ったことがあります。
やはりヘタクソなのです。いわなくてもいいことを口にしたり(笑)。
揚げ足をとられかねない発言をしそうになるたびに足を踏んで黙って頂きました。
交渉が決裂してしまい,若い弁護士さんは「もう訴訟しかないですね」と言いましたが,
私は
「2,3日すれば先生のところに『前回の条件で』みたいな連絡がありますよ」
と言っておきました。
予想ははずれて,その日のうちに連絡が入ったそうです。
場数を踏み修羅場を経験すると独特の勘が働くようにもなります。
弁護士や司法書士でないかぎり,そういう場数を踏むことはないとは思いますが。
★ 映画「疑惑」の岩下志麻さんと桃井かおりさん。
弁護士役の志麻さんもさることながら桃井かおりさんが素晴らしい演技でした。