以前にブログ記事でレイモンド・チャンドラーの「かわいい女」の表紙を使いました。
そういえば、と思い出しました。
チャンドラーの諸作品は「新訳」で出版されています。
そして、タイトルは原題をそのままカタカナ表記したものが登場しています。
「かわいい女」は「リトル・シスター」に。
「長いお別れ」は「ロング・グッドバイ」に。
これらは村上春樹さんの訳です。
「さらば愛しき女よ」は“Farewell my lovely”をカタカナ表記せずに
「さようなら、愛しい人」。なぜでしょう?
「さらば」という表現に訣別の決意を強く感じるのですが、「さようなら」では・・・
それでも、村上さんは原題をカタカナ表記するのが好きなのかもしれません。
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」は「キャッチャー・イン・ザ・ライ」。
「つかまえて」という呼びかけに味わいがあるのに・・・
以上のように、私は、村上さん訳のタイトルよりは従来のものの方が個性的で好みです。
映画「俺たちに明日はない」を原題どおりに「ボニー・アンド・クライド」とした方がいいだろうか?
「ブッチ・キャシディ・アンド・ザ・サンダンス・キッド」ではピンと来ません。
でも「明日に向かって撃て!」だとサマになる。
“Dog Day Afternoon”は日本公開時には「狼たちの午後」に。
カッコいいタイトルです。
小説にせよ映画にせよ、かつては洒落た日本語タイトルがついていました。
アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「トータル・リコール」は?
これは映画の原題をカタカナにしただけです。
タイトルからは内容の想像がつきません。
少なくとも私レベルの英語力では。
いつからでしょう?
気が利いた日本語タイトルが廃れたのは?
単に原題をカタカナ表記にするだけでは、面白みがありません。
私などは「読者や映画ファンに本気で伝えたいのかな?」と首をかしげてしまうのです。
村上さんの訳書をみると、小説でもその傾向が顕著になっています。
ノーベル文学賞候補ともいわれる村上さんです。
もっと洒落た日本語タイトルをつけてくれないものでしょうか?
というよりは、村上さんほどの大作家にして原題をカタカナ表記にしかしていない。
この意味をもっと考えるべきかもしれません。
ちなみに、村上さんの新訳しで出たフィッツジェラルドの“The Great Gatsby”は・・・
村上さんがつけたタイトルは「グレート・ギャツビー」(2006年出版)です。
ロバート・レッドフォード主演の映画(1974年)は「華麗なるギャツビー」。
そして、レオナルド・ディカプリオ主演のリメイク作(2013年)は・・・
「華麗なるギャツビー」として公開されました。
レッドフォードもディカプリオも「華麗」でしたからピッタリでした。
リメイク作公開時に映画会社が「華麗なる」を選んだのはなかなかの決断かもしれません。
だって、村上さんの「グレート・ギャツビー」が書店に並んでいるのですから。
★ 左はディカプリオのギャツビー 右はレッドフォードのギャツビー
デイジー役はミア・ファローの印象が非常に強く、1974年の作品が好みです。