「時期尚早だ」
これは、朝ドラ「虎に翼」で桂場最高裁長官が星最高裁調査官に放つ言葉です。
なにが、時期尚早なのか?
ドラマの流れからは、尊属殺人の処罰規定を違憲とすることだとわかります。
この「時期尚早」の意味はわかりにくいのです。
ドラマでも明確には説明されませんでした。
この問題は、1973年に最高裁による違憲判決が出ました。
その後、刑法200条は残り続けます。
刑法典から削除されたのは1995年でした。
その間は、尊属殺人については普通殺人の罪を適用するよう検察庁内の通達が出ていただけ。
実に、法改正まで22年を要したのでした。
法学部で学ぶ際に、最初に違憲判決事件として接するのはこの事件かもしれません。
ただ、笑い話のようですが、結論しか知らない人がかなり多いのです。
この判決はかなりテクニカルな内容になっていて、
「なるほど」
と頷かされる内容になっています。
その特徴を簡単に述べると以下のとおりです。
1 尊属に対する報恩尊重の念に基づき、普通殺人とは異なる刑罰を科すことには合理性がある。
2 ただ、普通殺人と尊属殺人との間に、刑罰に関して極端な差を設けると平等原則に反する。
こういった多数意見に基づく判決は、結論が「違憲」ですが、古い家族観を肯定しています。
少数意見(田中二郎裁判官=行政法学者がその代表)は1について否定しています。
つまり、多数意見は極端な刑罰を違憲とし、少数意見は法の目的そのものを違憲としたのです。
なお、反対意見(合憲)も下田裁判官によりつけられています。
ここで「時期尚早」の意味がわかってくるのです。
当時の時代背景を考えると、まだまだ「家」の観念は強いものがありました。
「家を継ぐのは男子」
「長男は両親の面倒をみる」
「他家に嫁ぐ」
といった言葉は普通に使われていました。
そういう家族観・社会観が普通の時代です。
それに適合的な判断をするために最高裁(多数意見)は工夫をしたのです。
具体的な事件の状況はドラマに描かれているような悲惨なものでした。
登場人物である山田米弁護士の言葉を借りれば、「父親はクソだ」ということになります。
でも、その「クソ」を殺したら厳しい処罰を受ける。死刑か無期懲役しかない。
これをどう救うか?
結果が、上記のような時代背景の下、刑罰の極端さを問題にしたのでした。
尤も、刑罰の問題になると憲法14条ではなく同36条に反するという処理も可能だったかもしれません。
にもかかわらず、あえて14条違反としたことには15名の最高裁判事のうち14名の心を感じます。
ちなみに、翌年、最高裁は注目すべき判断をしています。
尊属傷害致死事件について、合憲判断をしたのです。
この結論をみても、当時の社会観念がいかなるものかがわかります。
上記の少数意見に従えば、この場合も違憲ということになるでしょう。
さて、今の時代であれば少数意見のような違憲判決を出すことになるのでしょうか?
今も我々は「家」にとらわれていないかどうか?
本当に個人主義の時代が到来しているのか?
「時期尚早」・・・考えさせられるセリフでした。
なお、上記判例の解説として最もわかりやすいのは、高井裕之教授が書かれたものです。