示談交渉を毎日のようにやっていた若い時代に気づきました。
特定の調度品があるお宅の特徴についてです。
そのお宅とは、ダーティ・マネーを稼ぐ人たちのお宅のこと。
外見は立派なお宅。
ですが、周囲から少々浮いたような色彩感覚。
洋館にもかかわらず、庭に五葉松があったり。
「時代劇か?」と思わせるような造りだったり。
ちょっと奇異な印象を受けてしまうお宅が多いのです。
そして、玄関を開けると鎮座している●●。
お約束のように出会います。
玄関ではなくリビングにあることも。
私は、23歳の時に2軒目のダーティ・マネー氏のお宅で気づきました。
その後も「反社」と呼ばれる方々のお宅で●●をよくみかけたのです。
時折出会うのは大きな象牙。巨大な壺もみかけます。
やくざの事務所だと鎧と兜。
ほかには火縄銃や日本刀が飾ってあったりします。
ダーティ・マネー氏らの調度品に関する趣味は似通っている印象でした。
その10年後、私は管理職として同じ部署に戻ります。
そこでは私より13年先輩の社員を部下にすることになりました。
関東出身で、ダーティな世界との交渉は経験が少ない方でした。
示談交渉で苦労し、私に出馬要請をすることが何度かありました。
その際に、ちょっと派手めなお宅を訪れたのです。
「★★さん、この家にはきっと●●が置いてありますよ」
「え、なぜわかるのですか?」
という会話の後にチャイムを鳴らします。
ドアが開くと、そこには●●がありました。
交渉は問題なく進み、お宅を後にしました。
「所長(当時の私の役職名)は前にも来たことがあったのですか?」
「いえ、初めてですよ」
「なぜ、●●があるとわかったのですか?」
「経験と勘です」
こういう会話をしたことを覚えています。
この方とは、元やくざである運送会社の社長との示談にも行きました。
道中、車の中で私が予想される流れを話しておきました。
代理人としてある組合の幹部さんが同席。
交渉は担当者(先輩社員)と被害者(社長を)差し置いて上司の私と幹部さんがします。
ほぼ読み通りの流れで進み、幹部さんは思わぬ大きな譲歩案まで示してくれました。
ですが、その譲歩案には乗ることは遠慮し決着させました。
帰りの車中で
「所長、よかったです。ああいう普通の人が代理人で出てきてくれて」
「★★さん、あれはやくざですよ」
「え?」
「やくざだからこその交渉です。譲歩しながら主張を呑ませようとする。
実にうまい交渉でした。こちらの受け方をみて向こうも譲歩しました。
こちらにも花を持たせながら、自分も実をとる。さすがですよ」
「でも◆◆組合の理事長ですよ」
「◆◆の世界はやくざのシノギです。あの名刺を貰った際に
『これで話がつくな』と思いました」
「そんなものですか?」
「そんなものです」
その会社の事務所には●●は置いてありませんでした。
●●を置くような凝った部屋ではないのです。
あの人のお宅には●●があっただろうな、と思ったのを覚えています。
代理人さんは、交渉が終わった際に私の目を見てニッと笑いました。
「お互いが想定した脚本どおりやな。うまい解決ができたぜ。ありがとうよ」
こういう感じの笑いでしたので、私もチラッと微笑んだ次第です。
「うまくおさめましたね」
お互いに声に出さない会話をするのでした。
ちなみに代理人さんの指は全部そろっていました。
こういう人は「下手を打たなかった」、つまり優秀なやくざだということです。
大声を出したり、机をたたくようなみっともないことはしません。
名刺でやくざだと気づいて安心し、指をみてさらに安心するーこういう感じです。
さてさて、代理人さんはいくらカスリをとる(ピンハネする)のだろう?
揃った指を全部広げたくらいの額ではないかと思いました。
片手分のダーティ・マネーです。
★ 記事に合わせて汚れたお札の写真を載せても仕方がないので・・・
右の「ダーティ・ストーリー」は英国の巨匠エリック・アンブラーの1967年のスリラー
左の「ブラック・マネー」は米国の巨匠ロス・マクドナルドの1965年のハードボイルド
いずれも非常に面白く読み応えがある小説です。