福岡県糸島市 司法書士 ブログ

古き良き家族観と夫婦別姓

6月5日に放送された「虎に翼」で

「古き良き家族観」

という言葉が登場しました。

これに対し、女性代議士からは

「どうして男性は封建的な家父長制にしがみつきたいのかしら?」

という反論めいた指摘がありました。

これについて、ネット上では夫婦別姓問題と結びつけ、

「夫婦別姓に反対する保守派叩き」

のような雰囲気が醸成されています。

はて?夫婦別姓に反対する人は「悪」なのか?

「古き良き家族観」は誤った考え方なのか?

 

アンケートで夫婦別姓に賛成する人は50%を超えています。

ところが、その90%以上は

「夫婦別姓が可能になっても同姓を選択する」

と言っているのです。

つまり、

「ムードとしては夫婦別姓賛成だけど、自分にはその制度は不要です」

というのが大勢といえるのです。

女性からはしばしば

「結婚して姓を変えた結果、様々な手続きで大変な思いをした」

という指摘が出ています。

最近結婚した方も同じような点を問題視していました。

特に、我々の世界では成年後見人になっている場合に大変です。

旧姓で法務局の「後見登記等ファイル」に記録されている後見人の姓を変更しなければなりません。

私はある人にその点を訊ねたのです。

「どうして女性の姓を選ばなかったのか?」

我が国は現行憲法施行以来、夫の姓を強制していません。妻の姓でも夫の姓でもいいのです。

21世紀に入るまで夫の姓を強制していたオーストリアなどに比べて進歩的なのです。

「まあ、慣習というか・・・」

歯切れがよくない答えが返ってきました。

夫婦別姓こそ正しいといいつつも、現段階では慣習に従う。

女性の姓を選ぶことが可能なのに、自らの意思で男性の姓を選ぶ。

これが実態です。

そして、この慣習は国民の法感覚であり、社会観が基盤です。

そうすると、法感覚や社会観が変わらない中で、制度を変更するのはどうなのか?

「あなたたちのように遅れた感覚ではダメなので、制度を変えてあげます。

さあ、目をお覚ましなさい、おバカさんたちが考えなくてもいいようにしましたよ」

ということにならないか?

社会における慣習が変化し、それが法的確信となることで法として機能する。

この点を著書で述べたのは、民放の神様と呼ばれる我妻榮博士でした。

 

夫の姓を選択した女性陣からは「キャリアの分断」という問題点を指摘する声もあります。

これは本当でしょうか?

ちなみに、民事訴訟法の研究者として有名な長谷部由紀子教授の夫君は長谷部恭男教授。

夫の姓になった由紀子教授のキャリアは分断していません。

荒井由実さんが松任谷由実さんになってもキャリアの分断はありません。

奥居香さんが岸谷香さんになってもキャリアは分断していないでしょう。

キャリアの分断というのは、有名であればあるほど問題になりそうですが・・・

 

と、ここまで書くと私は強固な保守派だと思われてしまうでしょう。

でも、私は夫婦別姓に反対したことは一度もありません。

機が熟しているとはいえないーそう思っているだけであります。

「高橋さんって福澤さんの旦那さんらしいわよ」

「へー、そうなの。で、戸籍上の姓は?」

「知らないわ。どっちでもいいし」

こういう会話が普通になる頃に夫婦別姓に移行するのが「自然な流れ」でしょう。

 

古き良き家族観ードラマの中では家父長制とだけ結びつけていました。

これはまずいとおもいます。

単にそれだけが「古き良き家族観」みたいな印象を流布してしまいました。

「家族観」ってそんな単純なものじゃないでしょうが(笑)。

 私が参照することが多い近江幸治教授の

  「民法講義Ⅶ」ではこう書かれていますが・・・

 

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