前回は、私が猫の喉元に手をかけたところで「気づいた」旨を書きました。
私は、子供の頃から母に逆らえませんでした。
日常的に母を怒らせないように、叱責を受けないように気をつける日々。
たとえ母が誤っており、私が正しくとも母はそれを一切認めません。
最後はきつい言葉で私が「制圧」されるのが日常でした。
それに対する諦めから、母の言葉に逆らわないように気をつけたのです。
そして、母に対する迎合も覚えました。
大人の内心を忖度して合わせようとするー今風にいえばアダルトチルドレンです。
このことに気づいたのは2016年の盛夏。
主治医からの示唆で、過去の記憶の掘り起こしを始めることにしたのです。
幼い頃の記憶、というよりは18歳までの私の記憶は灰色です。
特に高校に通った3年間は、ひたすら忍従を続け、我が家を脱出することだけを目標にしていました。
できる限り記憶を遡って、ハタと気づいたのです。
4歳の春、母から人前でひどく叱責され、頬を打たれたことを。
痛みよりも周囲の人に見られている恥ずかしさは耐え難いものでした。
この日から私は母を怒らせまいと気を遣うようになっていったのでした。
私が何かをやりたくても、必ず返ってくる否定的な言葉。
あるいは私の友達やその母親などに対する批判的な発言。
それらを聞きたくなくて、私は自分のやりたいことを言えなくなりました。
この点は父も同じだったように思います。
たとえば、私が「これが欲しい」とねだっても、必ず「こちらにしろ」と他の物を指定されました。
私は一切おねだりのようなことをしなくなりました。
小学6年生のときに自転車を買い替えることになりました。
父と一緒に出掛けました。
その日、私は自分の希望する型の自転車を買えるものだと思い込んでいました。
ですが、店に行くと自転車は父による予約で確保されていました。
私は父の代金支払いについていっただけでした。
私が買いたかったのはシンプルな自転車でした。
ですが、与えられたのは、やたらとランプなどが付属した自転車。
自分の希望は一切かなわないのだ。こういう思いが私の胸の中に根付きました。
学校からのお知らせのようなものを母に渡す。
出欠の返事をもらわないといけないので、母に催促する。
すると「(用紙を)もらっていない」といわれてしまう。
「渡したよ」と私は手渡したシチュエーションまで伝える。
しかし、母はもらっていないと言い張る。
私は、母がその用紙をどこにしまったかを知っていて、そこまで指摘する。
母はそれでも自分が忘れていたとは認めません。
「そういうシチュエーションで渡すあんたが悪い」と私が悪者にされます。
こういうパターンの繰り返しに私は疲れ、諦めていったのでした。
母の理不尽な怒りがあまりにすさまじく、私は父に相談したことがあります。
「ぼくはいつかお母さんに殺されるんじゃないだろうか?」
さすがに父はそれを否定しました。
しかし、母子の間をうまくとりもつようなことは一切しませんでした。
私の肩を持てば自分が火の粉を浴びることを知っていたからでしょう。
父もまた母=妻の理不尽な怒りに晒されることが時々あったのです。
私が小学校高学年の頃にはそれがピークを迎え、夫婦の諍いに悩まされました。
私が「二人とも出て行ってくれ」とまでいうような状況も何度かありました。
ところで、私は小学校高学年になると別の悩みを胸に抱くようになりました。
それは学校での教師による私への評価と母の私への評価が正反対だったりするのです。
あるいはクラスメイトからの私への評価とも母のそれは逆でした。
私は、しばしば「何事も要領よくこなす」と学校で言われました。
しかし、家庭では母から「不器用で要領が悪い」と罵られます。
当時の私は、そばでいつも見ている母が正しいのだろうと思っていました。
母を怒らせないように私は学校では「いい子」を演じていました。
おかげで教師の評価は「模範的な児童」です。
学校では他人を演じ、家では母を怒らせないように細心の注意を払う。
疲れる日々でしたが、それが私の日常でした。
成績良好、運動会でもリレーの選手を務めたり、騎馬戦で活躍したり。
それでも私は母から褒められることは一切ありませんでした。
そして、父もまた私に褒め言葉をかけたことは一度もなかったのです。
休職から6年を経て、ようやく私は自分の心の中の「あるもの」に気づき始めたのです。
その傍らにはいつも猫がいました。常に私に寄り添い、私を和ませてくれる猫。
その猫に対し、私は一度も叱ることはありませんでした。
なにをしようと自由にさせました。
そして、毎日のように褒め言葉をかけ続けていたのでした。
褒めると猫は明らかにうれしそうな表情になります。
自分が愛されていることに自信があるようです。
私も間違いなく猫を愛しています。
猫を愛し、褒め言葉をかけることで私の心は落ち着きます。
猫もまた私を100パーセント信じて愛情を示してくれます。
私は猫のおかげで愛のなんたるかを知ったような気がするのです。