私は司法書士としてはやや異色の仕事をしています。
それは、「交渉」です。
債務整理ばかりでなくトラブルの示談などの交渉をやるのです。
交渉ですから勝ち負けが伴います。
が、これをあまり明確にしない落ち着きどころを探します。
明らかに負けてしまう交渉をするケースは皆無です。
なぜなら、相談を受けた段階で「無理ですよ」という説明をするから。
依頼者が「それでもやってくれ」と求めるならやります。
でも、誰もが「やはりそうですか」というのです。
つまり、負け筋の話は当事者が一番わかっているのです。
勝ち負けが五分五分くらいなら受任します。
その場合に目指すのは「負けない交渉」です。
永らく交渉を業としていた関係で勘が働きます。
こういえば、こう返してくるだろう。そのときに、こう反論すれば・・・
ただ、相手を完全に追い込むようなことはしません。
退路を残し、名誉ある撤退ができるように配慮します。
相手も「負けた・・・」と膝を落とさずに済みます。
膝を落としてくれるようならまだいいのです。
中には完全な負けなのに、話をすりかえて騒ぎ出す人がいます。
電話だと顔が見えない分、強気一辺倒。
とにかく押せばなんとかなるみたいな姿勢なのです。
喚き立てます。こちらの話を聞かずに騒ぐのです。
これは交渉素人の人で、実は一番厄介です。
引くところは引く。これができない人は、ハッキリ言って交渉には向いていないのです。
私は、そういう場合は「決裂」を選びます。
「続きは法廷でね、お楽しみに!」ということにするのです。
電話のことに触れましたが、電話の向こうで芝居をする人もいます。
たとえば、車の買取業者にそういう人がいました。
価格を上げるよう上司に交渉するーこう言って目の前で電話をかけ始めるのです。
そして、なにやらやりとりをします。
「せっかくのお客様ですので、何とかもう少し・・・は、ありがとうございます」
自分が上司に買値を上げさせたようにみせてくれます。
電話の向こうに本当に上司はいたのか?
いたとしても出来レースなのは、はたから眺めていればわかります。
おそらく・・・いなかったのでしょう。
私の前で話す社員さんをみている限りはそう感じました。
これを自分の高度なテクニックだと悦に入るのは大間違い。
私は猿芝居をみせてくれた努力賞をあげるつもりで、買取に応じました。
予定額にほぼ合致したからです。
猿芝居を指摘したからといって買値は上がりません。
わざわざ社員さんに恥をかかせてバツの悪い思いをさせるのは忍びないと思うのです。
弁護士さんにもこの種の猿芝居をする人がいました。
電話の向こうに依頼人がいるかのように装ったのです。
なぜ私が弁護士の嘘を見破ったか?
それは、その弁護士の依頼人がその日は都内にいないことを知っていたからです*。
「くさい芝居やなあ」
と思いながら、結果は私の思いどおりになったので、猿芝居に関しては何もいいませんでした。
最後にそういう点を詰めるようなことをしても意味がありませんから。
この弁護士はどうしているでしょう?
20年ほど前の経験です。
くさい芝居はほぼバレます。
相手がその猿芝居を受けてくれているのは、交渉が相手の思うように進んでいるから。
それにプラスして憐れみの心というところでしょうか。
*当時の私は東京都内で勤務していました。
★ 「交渉学」に関する書籍
これらを読んだら交渉上手に・・・はならないでしょう。
私は専ら自分の過去の経験の振り返りの意味で読みました。
また読み返すと思います。
小林秀之教授は民訴法学と担保法学の泰斗。
この人の名前を知らない法律家はいないと思います。